音無の川とぞつひに流れける
言はで物思ふ人の渡りは
- 歌の意味
-
とうとう音無の川となって流れたことだ。口に出さずに物思いをする人の渡りは。
- 鑑賞
-
巻第十二 恋歌二 750
詞書「忍びて懸想し侍りける女のもとにつかはしける」
口に出さずに思い悩む人の渡りは、とうとう音無の川となって流れたと詠む歌である。詞書から、ひそかに思いを寄せていた女のもとに贈った歌とわかる。声に出さずに耐えてきた恋の思いを、音を立てずに流れる音無の川にたとえている。一般には結句を「人の涙は」とする歌として知られ、言わずに思う人の涙が音無の川となって流れたと詠むものである。前歌の第七百四十九首の音無の里を受けて音無の川を詠み、次歌の第七百五十一首とは「言はで物思ふ」の句を共有している。
作者の「もとすけ」は清原元輔である。清少納言の父で、梨壺の五人の一人として後撰和歌集の撰進にあたった。三十六歌仙に数えられる。
なお本文の結句は「人の渡は」とあり、読み仮名の行の「ひとのなみたは」と一致しない。ここでは本文の表記に従う。
初句「音無の」は、紀伊国の音無川の、の意で、前歌の第七百四十九首の結句「音無の里」を受けている。
二句「川とぞつひに」は、川となってとうとう、の意で、係助詞「ぞ」は三句の連体形「ける」で結ぶ係り結びである。
三句「流れける」は、流れたことだ、の意で、ここで句切れとなる三句切れの歌である。
四句「言はで物思ふ」は、口に出さずに物思いをする、の意で、次歌の第七百五十一首の四句「言はで物思ふ」と同じ句である。
結句「人の渡りは」は、人の渡りは、の意で、倒置して主語を示している。読み仮名の行は「ひとのなみたは」とし、言わずに思う人の涙が川となって流れる意となる。
おとなしがは:音無川。紀伊国の川
けさう:懸想。異性に思いを寄せること
わたり:渡り。川を渡ること
- 作者
-
清原元輔
- 出典
-
拾遺和歌集
- 前の歌
-
恋ひわびぬ音をだに泣かむ声立てて いづこなるらん音無の里
- 次の歌
-
風寒み声弱りゆく虫よりも 言はで物思ふ我ぞまされる