隠れ沼の底の心ぞ恨めしき
いかにせよとてつれなかるらん
- 歌の意味
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隠れ沼の底のように、外からは見えないあなたの心の奥が恨めしい。私にどうしろというので、これほどつれないのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十二 恋歌二 758
詞書「侍従に侍りける時、村上の先帝の御乳母に、忍びて物のたうびけるに、つきなき事なりとて、さらに逢はず侍りければ」
草に隠れて見えない沼の底のように、うかがい知れないあなたの心の奥が恨めしい、どうしろというのでこれほどつれないのかと詠む歌である。詞書から、作者が侍従であったころ、村上天皇の乳母にひそかに言い寄ったところ、似つかわしくないことだとして少しも逢ってくれなかったので詠んだ歌とわかる。表には出さない相手の本心を沼の底にたとえ、つれなさへの恨みを訴えている。
作者の「一条摂政」は藤原伊尹である。右大臣藤原師輔の長男で、摂政太政大臣に至った。後撰和歌集の撰進の際に和歌所の別当を務め、謙徳公と諡された。百人一首の「あはれとも言ふべき人は思ほえで」の歌で知られる。
初句「隠れ沼の」は、草などに覆われて隠れて見えない沼の、の意で、二句の「底」を導いている。
二句「底の心ぞ」は、心の奥底が、の意で、係助詞「ぞ」は三句の連体形「恨めしき」で結ぶ係り結びである。
三句「恨めしき」は、恨めしい、の意で、ここで句切れとなる三句切れの歌である。
四句「いかにせよとて」は、どうしろというので、の意である。
結句「つれなかるらん」は、つれないのだろうか、の意で、「らん」は原因を推量する助動詞である。
かくれぬ:隠れ沼。草などに覆われて見えない沼
つれなし:冷淡である、そっけない
めのと:乳母。貴人の子を養い育てる女性
のたうぶ:「言ふ」の尊敬語。おっしゃる
- 作者
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藤原伊尹
- 出典
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拾遺和歌集
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思ふらむ心の内を知らぬ身は 死ぬばかりにもあらじとぞ思ふ
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我ながらさももどかしき心かな 思はぬ人はなにか恋しき