我が思ふ人は草葉の露なれや
かくれば袖のまづそほつらむ
- 歌の意味
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私が思う人は草葉の露なのだろうか。心にかけると、露がかかったように、まず袖がびっしょり濡れるのだろう。
- 鑑賞
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巻第十二 恋歌二 761
詞書「題しらず」
私の思う人は草葉の露なのだろうか、心にかけるとまず袖が濡れるのはと詠む歌である。「かく」に人を心に「懸く」と露が袖に「懸かる」を掛け、恋しい人を思うたびに涙で袖が濡れることを、草葉の露が袖にかかることになぞらえている。前歌の第七百六十首に続いて、濡れる袖を詠んでいる。
なお本文の結句は「抽のまつ」とあるが、読み仮名の行の「そての」により「袖」の誤記とみて、「袖」として読んだ。
初句「我が思ふ」は、私が思う、の意である。
二句「人は草葉の」は、人は草葉の、の意である。
三句「露なれや」は、露なのだろうか、の意で、「や」は疑問を表す。ここで句切れとなる三句切れの歌である。
四句「かくれば袖の」は、「かく」が人を心に「懸く」と、露が袖に「懸く」を掛ける掛詞である。「ば」は已然形について、〜すると、の意を表す。
結句「まづそほつらむ」は、まずびっしょり濡れるのだろう、の意で、「らむ」は原因を推量する助動詞である。本巻の第七百二十九首の四句「などてそほつる」と同じ「そほつ」の語を用いている。
かく:人を心に「懸く」意と、露が「懸く」意を掛ける
そほつ:びっしょり濡れる
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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草隠れかれにし水はぬるくとも むすびし袖は今も乾かず
- 次の歌
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袂より落つる涙はみちのくの 衣川とぞ言ふべかりける