古典和歌stream

三日月のさやかに見えず雲隠れ
見まくぞほしきうたてこのころ

歌の意味
三日月がはっきりと見えずに雲に隠れるように、あなたの姿が見えないので、会いたくてならない。ひどくこのごろは。
鑑賞
巻第十三 恋歌三 783

詞書は前の歌に続き「題しらず」
 三日月が雲に隠れてはっきり見えないように、恋人の姿を見られず、このごろは無性に会いたいと詠む歌である。細く頼りない三日月の光に、なかなか会えない恋人の面影を重ねている。
 作者の「人まろ」は柿本人麻呂である。飛鳥時代の宮廷歌人で、万葉集を代表する歌人として歌聖と仰がれ、三十六歌仙に数えられる。拾遺和歌集には、万葉集の歌が人麻呂の作として多く収められている。
 万葉集巻十一に類歌が収められている。

 初句「三日月の」は、三日月が、の意である。ここから月を詠む歌が続き、第七百九十六首まで月の歌が並ぶ。
 二句「さやかに見えず」は、はっきりとは見えず、の意である。第七百八十八首の初句「さやかにも」と、「さやか」の語を共有している。
 三句「雲隠れ」は、雲に隠れて、の意である。次歌の第七百八十四首と第七百八十五首の三句も「雲隠れ」で、三首が同じ句を共有している。上の句全体が、会えない恋人の姿のたとえとなる。
 四句「見まくぞほしき」は、見たいことだ、の意で、「見まく」は「見む」の名詞化した形である。係助詞「ぞ」を受け、「ほしき」と連体形で結んでいる。
 結句「うたてこのころ」は、ひどくこのごろは、の意で、倒置して四句の思いを強めている。「うたて」は、ますますひどく、の意を表す。

くもがくる:雲隠る。雲に隠れる
作者
柿本人麻呂
出典
拾遺和歌集
前の歌
あしひきの山より出づる月待つと 人には言ひて君をこそ待て
次の歌
逢ふ事はかたわれ月の雲隠れ おぼろけにやは人の恋しき