さやかにも見るべき月を我はただ
涙に曇る折ぞ多かる
- 歌の意味
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はっきりと見るはずの月を、私はただ涙で曇らせてしまう時が多いのだ。
- 鑑賞
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巻第十三 恋歌三 788
詞書「返し」
はっきりと見るはずの月なのに、私は涙で曇らせてばかりいると返した歌である。前歌の第七百八十七首で源信明が、今夜の月を見ないはずがないと詠んだのに対し、月は見ているが、あなたを思う涙で曇って見えないことが多いと答え、自分の恋しさの深さを伝えている。
作者の「中務」は、宇多天皇の皇子の敦慶親王と歌人の伊勢との間に生まれた女流歌人である。三十六歌仙に数えられ、源信明との恋の贈答で知られる。
初句「さやかにも」は、はっきりとも、の意である。第七百八十三首の二句「さやかに見えず」と「さやか」の語を共有し、見えない月と見るべき月が対をなしている。
二句「見るべき月を」は、見るはずの月を、の意で、前歌の第七百八十七首の「今宵の月を」に応えている。
三句「我はただ」は、私はただ、の意である。
四句「涙に曇る」は、涙で曇る、の意で、前歌の「同じ心にあらずとも」に対し、涙に曇るほどの恋しさで答えている。
結句「折ぞ多かる」は、時が多いのだ、の意で、係助詞「ぞ」を受け、「多かる」と連体形で結んでいる。
をり:折。時。場合
- 作者
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中務
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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恋しさは同じ心にあらずとも 今宵の月を君見ざらめや
- 次の歌
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久方の天照る月も隠れゆく 何によそへて君を偲ばむ