長月の有明の月のありつつも
君し来まさば我恋ひめやも
- 歌の意味
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九月の有明の月のように、変わらずにあり続けて、あなたが通って来てくださるならば、私はこれほど恋い慕うだろうか。いや、しないだろう。
- 鑑賞
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巻第十三 恋歌三 795
詞書「題しらず」
九月の有明の月のように、変わらずあなたが通って来てくれるなら、私はこれほど恋い焦がれることはないだろうと詠む歌である。夜明けまで空に残る有明の月を、絶えず通ってくる恋人の姿に重ね、訪れの途絶えたつらさを反語で訴えている。
作者の「人まろ」は柿本人麻呂である。飛鳥時代の宮廷歌人で、万葉集を代表する歌人として歌聖と仰がれ、三十六歌仙に数えられる。拾遺和歌集には、万葉集の歌が人麻呂の作として多く収められている。
万葉集巻十に類歌が収められている。
初句「長月の」は、陰暦九月の、の意である。
二句「有明の月の」は、夜明けの空に残る月のように、の意である。「有明」と三句の「ありつつ」が音を重ね、初句から二句までが「ありつつ」を導く序詞となる。
三句「ありつつも」は、変わらずにあり続けて、の意である。
四句「君し来まさば」は、あなたが来てくださるならば、の意で、「し」は強意の副助詞、「まさ」は尊敬の補助動詞「ます」の未然形である。第八百三十三首の二句「来まさぬ宵の」と、「来ます」の語を共有している。
結句「我恋ひめやも」は、私は恋い慕うだろうか、いや、しないだろう、の意で、「やも」は反語を表す。
ながつき:長月。陰暦九月
ありあけ:有明。月が空に残ったまま夜が明けること
- 作者
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柿本人麻呂
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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独り寝る宿には月の見えざらば 恋しき事の数はまさらじ
- 次の歌
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ことならば闇にぞあらまし秋の夜の なぞ月影の人頼めなる