- 歌の意味
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来ない人を待つという名の真土山のほととぎすよ、私もお前と同じ心で、声をあげて泣いてしまう。
- 鑑賞
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巻第十三 恋歌三 820
詞書は前の歌に続き「題しらず」
来ない人を待つという名の真土山のほととぎすと同じ心で、私も声をあげて泣いてしまうと詠む歌である。山の名に「待つ」を掛け、鳴き続けるほととぎすの声に、来ない人を待って泣く自分の心を重ねている。
初句「来ぬ人を」は、来ない人を、の意である。
二句「まつちの山の」は、「まつ」が来ない人を「待つ」と、紀伊と大和の境の「真土山」を掛ける掛詞である。前の第八百十八首と第八百十九首に続き、地名に意味を掛ける歌である。
三句「郭公」は、夏を告げる鳥のほととぎすで、その鳴き声は恋の思いを誘うものとされた。次歌の第八百二十一首の三句も「時鳥」で、二首が並んでいる。
四句「同じ心に」は、ほととぎすと同じ心で、の意である。
結句「音こそ泣かるれ」は、声をあげて泣いてしまう、の意で、「るれ」は自発の助動詞「る」の已然形で、係助詞「こそ」の結びとなっている。
まつち:来ない人を「待つ」意と、紀伊と大和の境の「真土山」を掛ける
ね:音。声。「音を泣く」で声をあげて泣く意
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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我が背子をならしの岡の呼子鳥 君呼び返せ夜の更けぬ時
- 次の歌
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しののめに鳴きこそ渡れ時鳥 物思ふ宿はしるくやあるらん