我が背子が来まさぬ宵の秋風は
来ぬ人よりも恨めしきかな
- 歌の意味
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夫が来てくださらない宵に吹く秋風は、来ない人よりもいっそう恨めしいことよ。
- 鑑賞
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巻第十三 恋歌三 833
詞書「三首六十首のなかに」
夫の来ない宵に吹く秋風は、来ない人よりもいっそう恨めしいと詠む歌である。身にしみる秋風が独り待つ寂しさをかき立てるので、来ない恋人よりも秋風のほうが恨めしいと、意表をついた言い方で詠んでいる。詞書の「三首六十首」は、一年の日数になぞらえて詠んだ好忠の三百六十首の歌を指すと考えられる。
作者の「曾禰好忠」は、丹後掾を務めたことから曾丹と呼ばれた歌人である。斬新な詠みぶりで知られ、中古三十六歌仙に数えられる。百人一首の「由良の門を渡る舟人梶を絶え」の歌で知られる。
初句「我が背子が」は、私の夫が、の意である。第八百十八首と第八百十九首の初句「我が背子を」と、背子の語を共有している。
二句「来まさぬ宵の」は、来てくださらない宵の、の意で、「まさ」は尊敬の補助動詞「ます」の未然形である。第七百九十五首の「君し来まさば」と、「来ます」の語を共有している。
三句「秋風は」は、秋風は、の意である。
四句「来ぬ人よりも」は、来ない人よりも、の意である。二句の「来まさぬ」と同じ内容を言いかえて重ね、来ない人と秋風とを比べている。
結句「恨めしきかな」は、恨めしいことよ、の意で、「かな」は詠嘆を表す。
きます:来ます。「来る」の尊敬語
よひ:宵。日が暮れて間もないころ
- 作者
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曾禰好忠
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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秋の野の草葉も分けぬ我が袖の 露けくのみもなりまさるかな
- 次の歌
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うらやまし朝日に当たる白露を 我が身と今はなすよしもかな