住吉の岸を田に掘り蒔きし稲の
刈るほどまでも逢はぬ君かな
- 歌の意味
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住吉の岸を田に掘り起こして蒔いた稲を刈り取る時まで、こんなにも長く逢ってくれないあなたであることよ。
- 鑑賞
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巻第十三 恋歌三 836
詞書は前の歌に続き「題しらず」
住吉の岸を田に開いて蒔いた稲が実り、刈り取る時が来るまで、逢ってくれないあなただと詠む歌である。田を開き、種を蒔き、刈り取るまでの長い月日に、逢えずに過ぎた時の長さを重ねている。
作者の「人まろ」は柿本人麻呂である。飛鳥時代の宮廷歌人で、万葉集を代表する歌人として歌聖と仰がれ、三十六歌仙に数えられる。拾遺和歌集には、万葉集の歌が人麻呂の作として多く収められている。
万葉集巻十に類歌が収められている。
初句「住吉の」は、摂津の歌枕の住吉の、の意である。
二句「岸を田に掘り」は、岸を田に掘り起こして、の意である。
三句「蒔きし稲の」は、蒔いた稲の、の意で、字余りの句である。前歌の第八百三十五首の秋の田の稲穂を受け、稲を詠んでいる。
四句「刈るほどまでも」は、刈り取る時までも、の意である。第八百十一首と第八百十二首が春の田を耕す歌であるのに対し、この歌は秋に稲を刈る時を詠み、季節の巡りに逢えない月日の長さを重ねている。
結句「逢はぬ君かな」は、逢ってくれないあなたであることよ、の意で、「かな」は詠嘆を表す。第八百十六首の結句「飽かぬ君かな」と、同じ形の結句である。
すみよし:住吉。摂津の地名。歌枕
- 作者
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柿本人麻呂
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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秋の田の穂の上に置ける白露の 消ぬべく我は思ほゆるかな
- 次の歌
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恋しくは形見にせむと我が宿に 植ゑし秋萩今盛りなり