頼めつつ来ぬ夜あまたになりぬれば
待たじと思ふぞ待つにまされる
- 歌の意味
-
来ると期待させながら来ない夜が幾夜も重なったので、もう待つまいと思うほうが、待つことよりもかえってつらいことだ。
- 鑑賞
-
巻第十三 恋歌三 848
詞書「題しらず」
来ると期待させながら来ない夜が重なったので、もう待つまいと思うことのほうが、待つことよりもつらいと詠む歌である。待つ苦しさに耐えかねて待つまいと心に決めても、その決意がかえって待つ以上の苦しさになるという、恋の心の矛盾を詠んでいる。
作者の「人麿」は柿本人麻呂である。飛鳥時代の宮廷歌人で、万葉集を代表する歌人として歌聖と仰がれ、三十六歌仙に数えられる。拾遺和歌集には、万葉集の歌が人麻呂の作として多く収められている。
本巻の巻末の歌である。巻頭の第七百七十七首が今夜もまた独り寝かと待つ夜の嘆きを詠んだのに対し、巻末は来ない夜が重なり、もう待つまいと思う苦しさで結び、待つ夜の嘆きで巻の始めと終わりが呼応している。
初句「頼めつつ」は、来ると期待させながら、の意で、「頼む」は下二段活用で、期待させる意を表す。第七百九十六首の結句「人頼めなる」と、期待させる意の語を共有している。
二句「来ぬ夜あまたに」は、来ない夜が多く、の意である。巻頭の第七百七十七首の「今宵も又や」を受けるように、来ない夜の数を詠んでいる。
三句「なりぬれば」は、なってしまったので、の意で、「ば」は順接の確定条件を表す。
四句「待たじと思ふぞ」は、もう待つまいと思うことが、の意で、「じ」は打消の意志を表す。
結句「待つにまされる」は、待つことよりも苦しさがまさっている、の意で、係助詞「ぞ」を受けて「まされる」と連体形で結んでいる。四句の「待たじ」と結句の「待つ」で同じ語を打消と肯定で重ね、巻頭の第七百七十七首の待つ夜の嘆きに対し、待つことをやめようとしてもやめられない心で巻を閉じている。
たのむ:頼む。下二段活用で、あてにさせる。期待させる
あまた:数多。たくさん
- 作者
-
柿本人麻呂
- 出典
-
拾遺和歌集
- 前の歌
-
み吉野の雪にこもれる山人も ふる道とめて音をや泣くらん
- 次の歌
-
朝寝髪我は梳らじうつくしき 人の手枕触れてしものを