我が宿は播磨潟にもあらなくに
あかしもはてて人の行くらん
- 歌の意味
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私の家は播磨の潟でもないのに、どうしてあの人は明石ならぬ、夜を明かしきりもせずに去って行くのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十四 恋歌四 855
詞書は前の歌に続き「題しらず」
私の家は播磨の海辺でもないのに、どうして恋人は明石を過ぎるように、夜を明かしきりもせずに行ってしまうのだろうかと詠む歌である。播磨国の地名の明石に「明かし」を掛けた言葉の技巧で、慌ただしく帰ってしまう恋人への恨めしさを詠んでいる。
初句「我が宿は」は、私の家は、の意である。
二句「播磨潟にも」は、播磨国の干潟でも、の意である。播磨国には四句の「明石」があり、その地名を導く伏線となっている。
三句「あらなくに」は、ないのに、の意で、「なく」は打消の助動詞「ず」の名詞化した形、「に」は逆接を表す。
四句「あかしもはてて」は、地名の「明石」と、夜を明かす意の「明かし」を掛けた掛詞である。夜を明かしきりもせずに、の意となる。なお「はてて」は、明かしきって、とも、明石の果てて、ともとれる。
結句「人の行くらん」は、あの人は去って行くのだろうか、の意で、「らん」は原因を推量する助動詞である。
はりまがた:播磨潟。播磨国の海辺の干潟
あかし:播磨国の地名の「明石」と、夜を明かす意の「明かし」を掛ける
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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岩代の野中に立てる結び松 心も解けず昔思へば
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波間より見ゆる小舟の浜久木 久しくなりぬ君に逢はずて