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真澄鏡手に取り持ちて朝な朝な
見れども君に飽く時ぞなき

歌の意味
澄んだ鏡を手に取って毎朝毎朝見るように、いつも見ているけれども、あなたに飽きる時などない。
鑑賞
巻第十四 恋歌四 857

詞書は前の歌に続き「題しらず」
 澄んだ鏡を手に取って毎朝見るように、いつもあなたを見ているけれど、飽きることがないと詠む歌である。毎朝欠かさず手にする鏡にたとえて、見ても見ても見飽きない恋人への深い愛情を詠んでいる。
 作者の「人まろ」は柿本人麻呂である。飛鳥時代の宮廷歌人で、万葉集を代表する歌人として歌聖と仰がれ、三十六歌仙に数えられる。拾遺和歌集には、万葉集の歌が人麻呂の作として多く収められている。
 万葉集巻十一に、結句を「飽くこともなし」とする類歌が収められている。

 初句「真澄鏡」は、よく澄んで曇りのない鏡、の意である。本巻の第九百十五首、第九百十六首も「ますかがみ」を詠み、鏡の歌が本巻で呼応している。
 二句「手に取り持ちて」は、手に取って持って、の意である。
 三句「朝な朝な」は、毎朝毎朝、の意で、同じ語を重ねて繰り返しを表している。初句からここまでが「見る」を導く序詞となっている。
 四句「見れども君に」は、見るけれども、あなたに、の意で、「ども」は逆接を表す。鏡を見ることと、恋人を見ることを重ねている。
 結句「飽く時ぞなき」は、飽きる時がない、の意で、係助詞「ぞ」を受けて形容詞「なし」の連体形「なき」で結んでいる。

ますかがみ:真澄鏡。よく澄んで曇りのない鏡
あさなあさな:朝な朝な。毎朝
作者
柿本人麻呂
出典
拾遺和歌集
前の歌
波間より見ゆる小舟の浜久木 久しくなりぬ君に逢はずて
次の歌
皆人の笠に縫ふてふ有馬菅 ありて後にも逢はむとぞ思ふ