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あさましや木の下陰の岩清水
幾その人の影を見つらん

歌の意味
あきれたことよ。木陰に湧く浅い岩清水は、いったいどれほど多くの人の姿を映して見てきたのだろうか。
鑑賞
巻第十四 恋歌四 881

詞書は前の歌に続き「題しらず」
 木陰に湧く浅い岩清水が多くの人の姿を映してきたように、あの人はどれほど多くの人と関わってきたのだろうと、あきれる思いを詠む歌である。誰にでも姿を映す浅い清水に、移り気な恋人の心をたとえている。

 初句「あさましや」は、あきれたことよ、の意で、「浅し」と「あさまし」を掛けている。岩清水の浅さを響かせ、ここで句切れとなる。前歌の第八百八十首の四句「あさましきまで」と同じ語を用いている。
 二句「木の下陰の」は、木の下の陰の、の意である。
 三句「岩清水」は、岩の間から湧き出る清水のことである。浅く澄んだ水として、人の姿を映すものとされている。
 四句「幾その人の」は、どれほど多くの人の、の意である。
 結句「影を見つらん」は、姿を映して見てきたのだろうか、の意で、「つ」は完了の助動詞、「らん」は現在推量の助動詞である。本巻の第八百七十五首の結句「影や見ゆると」が恋人の面影を待つのに対し、ここでは多くの人の影を映す水として、恋人の移り気を責めている。

あさまし:岩清水が「浅し」と、あきれる意の「あさまし」を掛ける
いはしみづ:岩清水。岩の間から湧き出る清水
いくそ:幾そ。どれほど多く
作者
よみ人しらず
出典
拾遺和歌集
前の歌
さを鹿の爪だにひちぬ山川の あさましきまでとはぬ君かな
次の歌
行く水の泡ならばこそ消えかへり 人の淵瀬を流れても見め