八百日行く浜の真砂と我が恋と
いづれまされり沖つ島守
- 歌の意味
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歩いて八百日もかかるほど長い浜の砂の数と、私の恋の思いと、どちらがまさっているか。沖の島の島守よ。
- 鑑賞
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巻第十四 恋歌四 889
詞書は前の歌に続き「題しらず」
八百日かけて歩くほど長い浜の砂の数と、私の恋の思いと、どちらが多いかと沖の島守に問いかける歌である。数えきれない浜の真砂さえ及ばないほどの恋の思いの多さを、島守への問いかけという形で大胆に詠んでいる。
万葉集巻四に、笠女郎が大伴家持に贈った歌として、二句以下を「浜の真砂も我が恋にあにまさらじか沖つ島守」とする類歌が収められている。
初句「八百日行く」は、八百日もかけて行くほど長い、の意で、浜の果てしない長さを誇張して表している。
二句「浜の真砂と」は、浜の細かな砂と、の意で、数えきれないもののたとえである。
三句「我が恋と」は、私の恋の思いと、の意で、二句と「と」を重ねて二つを比べている。
四句「いづれまされり」は、どちらがまさっているか、の意である。ここで句切れとなる。
結句「沖つ島守」は、沖の島の番人よ、の意で、呼びかけで結んでいる。「つ」は「の」の意の古い格助詞である。浜を見守る島守に、恋の思いの多さの判定を求める趣である。
まさご:真砂。細かい砂
しまもり:島守。島の番人
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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住吉の岸に生ひたる忘れ草 見ずやあらまし恋は死ぬとも
- 次の歌
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さしながら人の心をみくまのの 浦の浜木綿いくへなるらん