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さしながら人の心をみくまのの
浦の浜木綿いくへなるらん

歌の意味
このまま人の心を見るとしたら、み熊野の浦の浜木綿の葉のように、いったい幾重に隔てられているのだろうか。
鑑賞
巻第十四 恋歌四 890

詞書「屏風に、み熊野の形描きたる所」
 屏風に描かれたみ熊野の浦の浜木綿を見て、人の心もこのまま見ることができたら、浜木綿の葉のように幾重に重なっているのだろうかと詠む歌である。幾重にも葉が重なる浜木綿に、容易には見通せない人の心をたとえている。
 詞書によれば、み熊野の景色を描いた屏風に添えた屏風歌である。描かれた浜木綿の景を、恋の心へと転じている。
 作者の「かねもり」は平兼盛である。光孝天皇の流れをくむ篤行王の子で、臣籍に降って平氏となった。三十六歌仙に数えられ、天徳内裏歌合で壬生忠見と競った百人一首の「しのぶれど」の歌で知られる。
 万葉集巻四の柿本人麻呂の「み熊野の浦の浜木綿百重なす心は思へど直に逢はぬかも」を踏まえている。

 初句「さしながら」は、そのまま、ありのままに、の意である。
 二句「人の心を」は、あの人の心を、の意である。
 三句「みくまのの」は、「見」と地名の「み熊野」を掛けた掛詞で、人の心を見る、の意と、紀伊国の熊野の、の意を重ねている。
 四句「浦の浜木綿」は、熊野の浦に生える浜木綿、の意である。浜木綿は葉が幾重にも重なることから、隔ての多さや思いの深さのたとえとされた。
 結句「いくへなるらん」は、幾重であるのだろうか、の意で、「らん」は現在推量の助動詞である。浜木綿の葉の重なりに、人の心の隔ての深さを重ねている。

みくまの:「見」と、紀伊国の地名の「み熊野」を掛ける
はまゆふ:浜木綿。ヒガンバナ科の植物。葉が幾重にも重なる
作者
平兼盛
出典
拾遺和歌集
前の歌
八百日行く浜の真砂と我が恋と いづれまされり沖つ島守
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世の人の及ばぬものは富士の嶺の 雲居に高きおもひなりけり