たらちねの親の飼ふ蚕の繭ごもり
いぶせくもあるか妹に逢はずして
- 歌の意味
-
親が飼う蚕が繭にこもっているように、心がふさいで晴れないことだ。いとしい人に逢わずにいて。
- 鑑賞
-
巻第十四 恋歌四 895
詞書は前の歌に続き「題しらず」
親が飼っている蚕が繭の中にこもっているように、恋しい人に逢えずにいて心がふさいで晴れないと詠む歌である。繭にこもる蚕の姿に、逢えない鬱屈した思いを重ねている。親の目を気にして思うように逢えない若い恋の趣もうかがえる。
作者の「人まろ」は柿本人麻呂である。飛鳥時代の宮廷歌人で、万葉集を代表する歌人として歌聖と仰がれ、三十六歌仙に数えられる。拾遺和歌集には、万葉集の歌が人麻呂の作として多く収められている。
万葉集巻十二に、二句を「母が養ふ蚕の」とする類歌が収められている。なお本文の結句は「いもにあはずして」とあり、読み仮名の行の「いもにあはすて」と一致しない。ここでは本文の表記に従う。
初句「たらちねの」は、「親」にかかる枕詞である。本巻の第八百九十七首の初句と二句も「たらちねの親の」で、親を詠む二首が呼応している。
二句「親の飼ふ蚕の」は、親が飼っている蚕の、の意である。
三句「繭ごもり」は、繭の中にこもっていること、の意で、初句からここまでが、心がふさぐ意の「いぶせく」を導く序詞となっている。
四句「いぶせくもあるか」は、心が晴れずうっとうしいことよ、の意で、「か」は詠嘆を表す。一音多い字余りの句である。ここで句切れとなる。
結句「妹に逢はずして」は、いとしい人に逢わずにいて、の意で、四句と倒置になり、心が晴れない理由を示している。
かふこ:飼ふ蚕。飼っている蚕
まゆごもり:繭籠り。蚕が繭の中にこもること
- 作者
-
柿本人麻呂
- 出典
-
拾遺和歌集
- 前の歌
-
ねぬなはのくるしかるらん人よりも 我ぞますだのいけるかひなき
- 次の歌
-
いさやまだ恋てふことも知らなくに こやそなるらんいこそ寝られね