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うちとなく慣れもしなまし玉簾
たれ年月を隔てそめけん

歌の意味
内と外の隔てもなく親しく慣れ合っていたかもしれないのに。玉簾を垂れるように、誰が長い年月を隔て始めたのだろうか。
鑑賞
巻第十四 恋歌四 898

詞書「年を経て実明の朝臣まうで来たりければ、簾越しにすゑて物語りし侍りけるに、いかがありけん」
 内と外の隔てもなく親しく過ごすこともできたろうに、簾を垂れるように、いったい誰が長い年月の隔てを作り始めたのだろうかと詠む歌である。簾を隔てて語り合う今の二人の姿に、長い年月の疎遠を重ね、その原因を相手に問いかけている。
 詞書によれば、何年も経ってから源信明が訪ねて来たので、簾越しに座らせて話をしたときの歌である。「いかがありけん」は、どういう事情があったのだろうか、と編者が添えた言葉である。久しぶりの再会に、恨みと懐かしさが入り交じる心が込められている。
 作者の「中務」は、宇多天皇の皇子敦慶親王と伊勢との間に生まれた娘で、平安時代中期の女流歌人である。源信明との恋の贈答で知られ、三十六歌仙に数えられる。
 なお本文の三句は「玉すだれ」とあり、読み仮名の行の「たまたれの」と一致しない。ここでは本文の表記に従う。

 初句「うちとなく」は、内と外の区別なく、の意である。簾の内と外とを隔てることなく、の意を込めている。
 二句「慣れもしなまし」は、慣れ親しみもしたであろうに、の意で、「な」は完了の助動詞「ぬ」の未然形、「まし」は反実仮想の助動詞である。ここで句切れとなる。
 三句「玉簾」は、玉で飾った美しい簾のことで、簾を垂れることから「たれ」を導いている。
 四句「たれ年月を」は、誰が年月を、の意で、「たれ」は簾を「垂れ」る意と、「誰」を掛けた掛詞である。
 結句「隔てそめけん」は、隔て始めたのだろうか、の意で、「けん」は過去の原因を推量する助動詞である。簾の隔てと、年月の隔てとを重ねている。

たますだれ:玉簾。玉で飾った美しい簾
たれ:簾を「垂れ」る意と、「誰」を掛ける
へだつ:隔つ。間に物を置いて遮る。疎遠にする
作者
中務
出典
拾遺和歌集
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