恋するに死にするものにあらませば
千たびぞ我は死にかへらまし
- 歌の意味
-
恋をすることで死ぬものであったならば、私は千度も死んでは生き返ったことだろう。
- 鑑賞
-
巻第十五 恋歌五 935
詞書は前の歌に続き「題しらず」
恋をして死ぬものであったなら、私は千度も死んでは生き返ったことだろう、と詠む歌である。恋の苦しみの激しさと、それが絶え間なく繰り返されることを、千度の死という誇張で表している。
次歌の第九百三十六首、第九百三十七首とともに、人麻呂の作として恋死を詠む三首が並んでいる。
作者の「人まろ」は柿本人麻呂である。飛鳥時代の宮廷歌人で、万葉集を代表する歌人として歌聖と仰がれ、三十六歌仙に数えられる。拾遺和歌集には、万葉集の歌が人麻呂の作として多く収められている。
万葉集巻十一に、四句を「我が身は千たび」とする類歌が収められている。
初句「恋するに」は、恋をすることで、の意である。
二句「死にするものに」は、死ぬもので、の意である。
三句「あらませば」は、あったならば、の意で、「ませ」は反実仮想の助動詞「まし」の未然形である。
四句「千たびぞ我は」は、千度も私は、の意で、係助詞「ぞ」が結句と係り結びをなしている。
結句「死にかへらまし」は、死んでは生き返ったことだろう、の意で、「まし」は三句の「ませば」と呼応する反実仮想の助動詞で、連体形として四句の「ぞ」の結びとなっている。
しにかへる:死に返る。死んでは生き返ることを繰り返す
- 作者
-
柿本人麻呂
- 出典
-
拾遺和歌集
- 前の歌
-
ひたぶるに死なば何かはさもあらばあれ 生きてかひなき物思ふ身は
- 次の歌
-
恋ひて死ね恋ひて死ねとや我妹子が 我が家の門を過ぎて行くらん