潮満てば入りぬる磯の草なれや
見らく少なく恋ふらくの多き
- 歌の意味
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潮が満ちると水の下に隠れてしまう磯の草なのだろうか、あの人は。逢うことは少なく、恋しく思うことばかりが多い。
- 鑑賞
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巻第十五 恋歌五 967
詞書は前の歌に続き「題しらず」
潮が満ちると隠れてしまう磯の草なのだろうか、逢うことは少なく恋しく思うことばかりが多い、と詠む歌である。たまにしか姿を見せない磯の草に、なかなか逢えない恋人をたとえ、逢瀬の少なさと募る恋しさとを対比している。
作者の「坂上郎女」は、大伴安麻呂の娘で、大伴旅人の異母妹にあたる。万葉集を代表する女性歌人で、大伴家持の叔母であり、娘の坂上大嬢を家持に嫁がせて姑ともなった。
万葉集巻七に、同じ趣の類歌が収められている。
初句「潮満てば」は、潮が満ちると、の意である。
二句「入りぬる磯の」は、水の下に隠れてしまう磯の、の意である。
三句「草なれや」は、草なのだろうか、の意で、「や」は疑問を表す。ここで句切れとなる。
四句「見らく少なく」は、逢うことは少なく、の意で、「見らく」は動詞「見る」に接尾語「らく」がついたク語法で、見ること、逢うこと、の意である。
結句「恋ふらくの多き」は、恋しく思うことが多い、の意で、「恋ふらく」もク語法である。四句と結句とで対句をなし、形容詞「多し」の連体形で結ぶ連体止めとなっている。
いる:入る。ここでは潮の下に隠れる
みらく:見らく。見ること、逢うこと
こふらく:恋ふらく。恋しく思うこと
- 作者
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大伴坂上郎女
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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黒髪に白髪交じり生ふるまで かかる恋にはいまだ逢はざるに
- 次の歌
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志賀の海人の釣りにともせる漁り火の ほのかに人を見るよしもがな