古典和歌stream

志賀の海人の釣りにともせる漁り火の
ほのかに人を見るよしもがな

歌の意味
志賀の漁師が釣りのためにともしている漁り火のように、ほのかにでもあの人を見る手立てがあればよいのに。
鑑賞
巻第十五 恋歌五 968

詞書は前の歌に続き「題しらず」
 志賀の漁師が釣りのためにともす漁り火のように、ほのかにでもあの人を見る手立てがあればよいのに、と詠む歌である。夜の海に遠くかすかに見える漁り火に、せめてわずかにでも恋人の姿を見たいという切ない願いを重ねている。
 作者の「坂上郎女」は、大伴安麻呂の娘で、大伴旅人の異母妹にあたる。万葉集を代表する女性歌人で、大伴家持の叔母であり、娘の坂上大嬢を家持に嫁がせて姑ともなった。
 万葉集巻十二に、結句を「見むよしもがも」とする類歌が収められている。

 初句「志賀の海人の」は、志賀の漁師の、の意で、六音の字余りである。志賀は筑前国の志賀島で、海人の住む地として詠まれた。
 二句「釣りにともせる」は、釣りのためにともしている、の意である。
 三句「漁り火の」は、夜に魚を寄せるため舟でたく火の、の意である。上の三句は、遠くかすかに見える漁り火の様子から、四句の「ほのかに」を導く序詞である。
 四句「ほのかに人を」は、かすかにでもあの人を、の意である。本巻の第九百七十六首の初句「ほのかにも」と、同じ語を共有している。
 結句「見るよしもがな」は、見る手立てがあればよいのに、の意で、「もがな」は願望を表す終助詞である。前歌の第九百六十七首の「見らく少なく」を受け、逢うことのまれな嘆きを、せめて見たいという願いへ進めている。

いさりび:漁り火。夜、魚を寄せるために舟でたく火
よし:由。手段、方法
作者
大伴坂上郎女
出典
拾遺和歌集
前の歌
潮満てば入りぬる磯の草なれや 見らく少なく恋ふらくの多き
次の歌
岩根踏み重なる山はなけれども 逢はぬ日数を恋ひや渡らん