- 歌の意味
-
あれこれと思い迷うことはしない。飛騨の工匠が打つ墨縄のように、ただ一筋にあなたを思う。
- 鑑賞
-
巻第十五 恋歌五 990
詞書は前の歌に続き「題しらず」
あれこれと思い迷うことはしない、飛騨の工匠が材木に打つ墨縄のように、ただ一筋にあなたを思う、と詠む歌である。まっすぐに引かれる墨縄の線に、迷いのない一途な恋心をたとえている。
前歌の第九百八十九首が「心ふたつ」と迷う心を詠むのに対し、本歌は「ただ一筋に」と一途な心を詠み、二首で対照をなしている。
作者の「人まろ」は柿本人麻呂である。飛鳥時代の宮廷歌人で、万葉集を代表する歌人として歌聖と仰がれ、三十六歌仙に数えられる。拾遺和歌集には、万葉集の歌が人麻呂の作として多く収められている。
万葉集巻十一に、二句を「物は思はじ」、結句を「ただ一道に」とする類歌が収められている。
初句「とにかくに」は、あれこれと、の意である。
二句「物は思はず」は、思い迷うことはしない、の意で、ここで句切れとなる。本巻の第九百五十四首の結句「物は思はじ」と、似た語句を共有している。
三句「飛騨工」は、飛騨国から都に出て宮殿などの造営に従事した工匠、の意である。
四句「打つ墨縄の」は、材木に打つ墨縄の、の意である。三句と四句は、墨縄のまっすぐな線から結句の「一筋」を導く序詞である。
結句「ただ一筋に」は、ただひたすらに、の意である。前歌の第九百八十九首の結句「ふたつありけり」と、「ふたつ」と「一筋」とで対照をなしている。
ひだたくみ:飛騨工。飛騨国から都に出て宮殿などの造営に従事した工匠
すみなは:墨縄。墨壺から引き出して材木にまっすぐな線を引く糸
- 作者
-
柿本人麻呂
- 出典
-
拾遺和歌集
- 前の歌
-
かくばかり憂しと思ふに恋しきは 我さへ心ふたつありけり
- 次の歌
-
いにしへをさらにかけじと思へども あやしく目にも満つ涙かな