誰により松をも引かん鶯の
はつねかひなき今日にもあるかな
- 歌の意味
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いったい誰のために小松を引こうか。鶯の初音も、初子の日の祝いも、甲斐のない今日であることよ。
- 鑑賞
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巻第十六 雑春歌 1022
詞書「東三条院の御四十九日のうちに、子の日出で来たりけるに、宮の君と言ひける人の許に遣はしける」
誰のために小松を引こうか、鶯の初音も初子の日も甲斐のない今日であると詠む歌である。詞書から、東三条院が亡くなって四十九日の忌みの間に子の日がめぐってきたので、宮の君と呼ばれた女房のもとへ送った歌とわかる。長寿を祈る子の日の小松引きも、祈るべき主を失った今は空しいと、院を悼む心を詠んでいる。ここから第千二十九首まで、子の日と松を詠む歌が続く。
作者の「右衛門督公任」は藤原公任である。関白藤原頼忠の子で、権大納言に至り、四条大納言と呼ばれた。和漢朗詠集を編み、歌論書の新撰髄脳を著した。
東三条院は藤原詮子で、藤原兼家の娘である。円融天皇の女御となって一条天皇を生み、女院の初めとなった。
初句「誰により」は、誰のために、の意である。
二句「松をも引かん」は、小松を引こうか、の意で、反語を表す。子の日の小松引きをいい、ここで句切れとなる二句切れの歌である。
三句「鶯の」は、鶯の、の意である。
四句「はつねかひなき」は、初音の甲斐もない、の意で、「はつね」は鶯の「初音」と、正月最初の子の日である「初子」を掛ける掛詞である。
結句「今日にもあるかな」は、今日であることよ、の意で、「かな」は詠嘆を表す。
はつね:鶯の「初音」と、正月最初の子の日の「初子」を掛ける
ねのひ:子の日。正月初めの子の日。野に出て小松を引き、長寿を祝った
しじふくにち:四十九日。人の死後四十九日目までの忌みの期間
- 作者
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藤原公任
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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雪をうすみ垣根に摘める唐なづな なづさはまくのほしき君かな
- 次の歌
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引きて見る子の日の松はほどなきを いかでこもれる千代にかあるらん