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谷風の身にしむごとに古里の
このもとをこそ思ひやりつれ

歌の意味
谷風が身にしみるたびに、古里の木の下に残る子のもとを、私の方こそ思いやっていたのだ。
鑑賞
巻第十七 雑歌中 1099

詞書「返し」
 前歌の第千九十八首に対する藤原公任の返歌である。谷風が身にしみるたびに、古里の木のもとを思いやっていた、と詠む。子の定頼が谷の嵐を思いやってくれたのに対し、自分もまた谷風が身にしみるたびに、都に残した家と子のことを思いやっていたと答えている。「このもと」に「子のもと」を掛け、父と子が互いを思いやる情愛を通わせている。
 作者の「前大納言公任」は藤原公任である。関白藤原頼忠の子で、大納言に至った。和歌、漢詩、管弦のいずれにも優れ、『和漢朗詠集』を編んだ。晩年は出家して長谷に隠棲した。
 前歌の第千九十八首への返歌で、前歌の「谷の嵐」に「谷風」、「古里の」に「古里の」、「思ひこそやれ」に「思ひやりつれ」と、語を受けて応じている。また本巻の第千百五首、第千百六首と「このもと」を共有し、そちらも親と子をめぐる贈答である。

 初句「谷風の」は、長谷の谷を吹く風の、の意である。前歌の第千九十八首の四句「谷の嵐を」に応じている。
 二句「身にしむごとに」は、身にしみるたびに、の意である。
 三句「古里の」は、都の古里の家の、の意で、前歌の第千九十八首の初句「古里の」と同じ語を用いている。
 四句「このもとをこそ」の「このもと」は「木の下」と「子の許」を掛ける掛詞で、古里の家と子の定頼のもとを指す。「こそ」は強意の係助詞で、結句の「つれ」で結ぶ。本巻の第千百五首の初句「このもとに」、第千百六首の初句「このもとは」と同じ語である。
 結句「思ひやりつれ」の「つれ」は完了の助動詞「つ」の已然形で、係り結びの結びである。前歌の結句「思ひこそやれ」と呼応している。

このもと:「木の下」の意と、「子の許」の意を掛ける
みにしむ:身にしみる、深く感じ入る
作者
藤原公任
出典
千載和歌集
前の歌
古里の板間の風に寝覚めして 谷の嵐を思ひこそやれ
次の歌
いにしへは思ひかけきや取りかはし かく着んものと法の衣を