桜花我が宿にのみ有りと見ば
なき物くさは思はざらまし
- 歌の意味
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桜の花が我が家にだけあると見るのならば、ほかに足りない物があるなどという思いは抱かないだろうに。
- 鑑賞
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巻第十六 雑春歌 1038
詞書「延喜御時月次御屏風の歌」
桜の花が我が家にだけあるのならば、ほかに足りない物があるなどとは思わないだろうにと詠む歌である。詞書から、醍醐天皇の時代に、月ごとの行事や景物を描いた屏風に添えた歌とわかる。どこにでも咲く桜を我が家だけのものとして独り占めできたなら、それだけで満ち足りるだろうと、桜への深い愛着を反実仮想の形で表している。前歌の第千三十七首が、花はどこにでも咲くと詠んだのを受けている。
作者の「みつね」は凡河内躬恒である。古今和歌集の撰者の一人で、三十六歌仙に数えられる。
初句「桜花」は、桜の花が、の意である。
二句「我が宿にのみ」は、我が家にだけ、の意で、本巻の第千八首、第千十二首の三句「我が宿の」と、我が家の花を詠む点で通じている。
三句「有りと見ば」は、あると見るならば、の意で、「ば」は未然形について仮定を表す。
四句「なき物くさは」は、ない物の種は、足りない物は、の意で、「物くさ」は物の種類、物事のもとの意と解される。
結句「思はざらまし」は、思わないだろうに、の意で、「まし」は反実仮想の助動詞である。三句の仮定と呼応し、桜を独り占めできない現実を裏に含んでいる。
つきなみのびやうぶ:月次の屏風。月々の行事や景物を描いた屏風
ものくさ:物種。物の種類、物事のもと
- 作者
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凡河内躬恒
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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何処にかこの頃花の咲かざらむ 所からこそ尋ねられけれ
- 次の歌
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もろともに折りし春のみ恋しくて ひとり見まうき花盛りかな