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松風の吹かむ限りはうちはへて
絶ゆべくもあらず咲ける藤波

歌の意味
松風が吹く限りは、長く続いて、絶えることもなく咲いている藤の花房であることだ。
鑑賞
巻第十六 雑春歌 1067

詞書「延長四年九月二十八日、法皇の六十賀、京極の御息所の仕うまつりける屏風の歌、藤の花」
 松風が吹く限りは、長く続いて絶えることもなく咲いている藤の花房であると詠む歌である。詞書から、延長四年に宇多法皇の六十の賀を京極御息所が催した折の、屏風の藤の花の絵に添えた歌とわかる。常緑の松と、それにまといつく藤とを取り合わせ、松風の吹く限り絶えない藤の花に、法皇の長寿と、御息所の家の藤原氏の繁栄とを重ねてことほいでいる。ここから第千七十首まで、藤の花を詠む歌が続く。
 作者の紀貫之は、古今和歌集の撰者の中心人物で、仮名序を執筆し、土佐日記を著した。三十六歌仙に数えられる。

 初句「松風の」は、松に吹く風が、の意で、長寿の象徴である松を詠み込んでいる。
 二句「吹かむ限りは」は、吹くであろう限りは、の意で、「む」は推量の助動詞の連体形である。
 三句「うちはへて」は、長く延び続いて、の意で、本巻の第千七十九首の三句「うちはへて」と同じ句を共有し、ともに長寿の賀の屏風の歌である。
 四句「絶ゆべくもあらず」は、絶えるはずもなく、の意で、八音の字余りの句である。
 結句「咲ける藤波」は、咲いている藤の花房であることだ、の意で、「る」は存続の助動詞「り」の連体形であり、体言止めで結んでいる。

ふぢなみ:藤波。藤の花房が風に揺れるさまを波に見立てた語
うちはふ:打ち延ふ。長く延びて続く
作者
紀貫之
出典
拾遺和歌集
前の歌
春は惜し郭公はた聞かまほし 思ひわづらふしづ心かな
次の歌
藤の花宮の内には紫の 雲かとのみぞあやまたれける