声立ててなくといふとも郭公
袂は濡れじそらねなりけり
- 歌の意味
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声を立てて鳴く、泣くと言っても、ほととぎすよ、袂は濡れはしないだろう。それは偽りの泣き声、作り物の根なのだから。
- 鑑賞
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巻第十六 雑春歌 1074
詞書「女のもとに、白き糸を菖蒲の根にして薬玉をおこせ侍りて、あはれなることどもを、ある男の言ひおこせて侍りければ」
声を立てて泣くと言っても、ほととぎすよ、袂は濡れはしないだろう、それは偽りの声、作り物の根なのだからと詠む歌である。詞書から、ある男が、白い糸を菖蒲の根に見立てた薬玉を女のもとへ贈り、しみじみとした言葉を書き送ってきたので返した歌とわかる。男を、声を立てて鳴くほととぎすにたとえ、「空音」と、糸で作った菖蒲の「空根」を掛けて、男の言葉を偽りの涙と軽くいなしている。前歌の第千七十三首の「なく」を受け、偽りの「なく」を詠んでいる。
初句「声立てて」は、声を立てて、の意である。
二句「なくといふとも」は、泣くと言っても、の意で、「なく」は鳥が「鳴く」と、人が「泣く」を掛ける掛詞であり、「とも」は逆接の仮定を表す。前歌の第千七十三首の結句「音をのみぞなく」と同じ掛詞を用いている。
三句「郭公」は、ほととぎすよ、の意で、男をたとえている。端午の節句の薬玉と、五月に鳴くほととぎすとを取り合わせている。
四句「袂は濡れじ」は、袂は濡れないだろう、の意で、「じ」は打消推量の助動詞である。ここで句切れとなる四句切れの歌である。
結句「そらねなりけり」は、偽りの声なのであった、の意で、「そらね」は偽りの泣き声の「空音」と、作り物の菖蒲の根の「空根」を掛ける掛詞である。
そらね:偽りの泣き声の「空音」と、作り物の菖蒲の根の「空根」を掛ける
なく:鳥が「鳴く」意と、人が「泣く」意を掛ける
くすだま:薬玉。端午の節句に、香料を袋に入れて飾り糸を垂らしたもの
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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年を経てみ山隠れの郭公 聞く人もなき音をのみぞなく
- 次の歌
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かくばかり待つと知らばや郭公 梢高くも鳴き渡るかな