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天の川後の今日だにはるけきを
いつとも知らぬ船出悲しな

歌の意味
天の川の二星にとって、次に逢う来年の今日でさえはるかに遠いのに、いつ戻るともわからないあなたの船出は、なんと悲しいことだ。
鑑賞
巻第十七 雑秋歌 1093

詞書「寂昭が唐土にまかり渡るとて、七月七日舟に乗り侍りけるに、言ひ遣はしける」
 七夕の二星にとっては、次の逢瀬となる来年の今日でさえはるかに遠いのに、いつ戻るとも知れないあなたの船出はなんと悲しいことかと詠む歌である。詞書から、寂昭が宋に渡るため、七月七日に船に乗った折に詠み送った歌とわかる。寂昭は大江定基の出家後の名で、長保五年(1003)に宋に渡り、その地で没した。七夕の日の船出にちなみ、年に一度は逢える二星と、再会の時も知れない別れとを比べている。
 作者の「右衛門督公任」は藤原公任である。関白藤原頼忠の子で、四条大納言と呼ばれた。和漢朗詠集を編み、拾遺和歌集のもととなった拾遺抄の撰者とされる。右衛門督は当時の官職である。

 初句「天の川」は、本巻の第千八十八首、第千八十九首の初句「天の川」と同じ語で、七夕の歌の流れを受けている。
 二句「後の今日だに」は、次の年の今日でさえ、の意で、「だに」は軽いものを挙げて重いものを類推させる副助詞である。
 三句「はるけきを」は、はるかに遠いのに、の意で、「を」は逆接の接続助詞である。
 四句「いつとも知らぬ」は、いつ戻るともわからない、の意である。
 結句「船出悲しな」は、船出は悲しいことだ、の意で、「な」は詠嘆の終助詞である。天の川を舟で渡る七夕の二星の連想から、唐土への船出を導いている。

もろこし:唐土。中国のこと
ふなで:船出。舟に乗って出発すること
作者
藤原公任
出典
拾遺和歌集
前の歌
秋風よ七夕つめに言問はん いかなる世にか逢はんとすらん
次の歌
逢ひ見ずて一日も君にならはねば 七夕よりも我ぞまされる