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走り井のほどを知らばや逢坂の
関引き越ゆる夕影の駒

歌の意味
走り井までの道のりを知りたいものだ。逢坂の関を引かれて越えてゆく、夕暮れの光の中の駒は。
鑑賞
巻第十七 雑秋歌 1108

詞書「清慎公五十賀の屏風に」
 逢坂の関を引かれて越えてゆく夕暮れの駒に、走り井まではどれほどの道のりかを知りたいと詠む歌である。詞書から、清慎公藤原実頼の五十の賀の屏風に添えた歌とわかる。八月に諸国の牧から献上される馬を逢坂の関で出迎える駒迎えの行事を描いた絵に寄せ、関を越える駒の姿を夕暮れの光の中に描いている。清慎公は、藤原忠平の子で、関白太政大臣を務めた藤原実頼である。
 作者の「もとすけ」は清原元輔である。清原深養父の孫で、清少納言の父にあたる。梨壺の五人の一人として後撰和歌集の撰進にあたった。三十六歌仙に数えられる。

 初句「走り井の」は、逢坂の関の近くで勢いよく湧き出ていた泉の、の意である。
 二句「ほどを知らばや」は、道のりを知りたい、の意で、「ばや」は自己の願望を表す終助詞である。ここで句切れとなる二句切れの歌である。
 三句「逢坂の」は、山城国と近江国の境にある逢坂の関の、の意である。
 四句「関引き越ゆる」は、関を引かれて越えてゆく、の意である。
 結句「夕影の駒」は、夕方の日の光の中の駒、の意で、体言止めで結んでいる。

はしりゐ:走り井。勢いよく湧き出る泉。ここでは逢坂の関の近くにあった泉
こまむかへ:駒迎へ。諸国の牧から献上される馬を、逢坂の関まで出迎えた行事
ゆふかげ:夕影。夕方の日の光
作者
清原元輔
出典
拾遺和歌集
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水の面に宿れる月ののどけきは なみゐて人の寝ぬ夜なればか
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