虫ならぬ人も音せぬ我が宿に
秋の野辺とて君は来にけり
- 歌の意味
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虫ではない人も訪れて声をかけることのない我が家に、荒れた庭を秋の野辺だと思って、あなたは来てくれたのだなあ。
- 鑑賞
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巻第十七 雑秋歌 1109
詞書「題しらず」
虫のほかには人も訪れない我が家に、荒れた庭を秋の野辺だと思って、あなたは来てくれたのだなあと詠む歌である。草の生い茂った住まいを秋の野に見立て、思いがけない訪問を受けた喜びを、戯れを交えて表している。
作者の曾禰好忠は、丹後掾を務めたことから曾丹と呼ばれた歌人である。一年を三百六十首に詠む毎月集を作り、日常の言葉を大胆に取り入れた新しい歌風で知られる。
初句「虫ならぬ」は、虫ではない、の意で、虫の声のほかには音もしない寂しい住まいを思わせる。
二句「人も音せぬ」は、人も訪れて声をかけることがない、の意で、「音す」は音を立てる、訪れる意である。
三句「我が宿に」は、私の家に、の意で、本巻の第千百十一首、第千百十三首、第千百十四首の三句「我が宿の」と同じ語を共有し、我が家の秋を詠む歌が続いている。
四句「秋の野辺とて」は、秋の野辺だと思って、の意である。
結句「君は来にけり」は、あなたは来てくれたのだなあ、の意で、「けり」は気づきの詠嘆を表す。次歌の第千百十首の結句「秋は来にけり」と、「来にけり」を共有している。
おとす:音す。音を立てる。訪れて声をかける
- 作者
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曾禰好忠
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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走り井のほどを知らばや逢坂の 関引き越ゆる夕影の駒
- 次の歌
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庭草に村雨降りてひぐらしの 鳴く声聞けば秋は来にけり