奥山に立てらましかば渚漕ぐ
舟木も今は紅葉しなまし
- 歌の意味
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もし奥山に立ったままであったなら、今ごろ渚を漕いでいるこの舟の木も、紅葉していることだろうに。
- 鑑賞
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巻第十七 雑秋歌 1126
詞書「祓へしに、秋唐崎にまかり侍りて、舟のまかりけるを見侍りて」
渚を漕いでゆく舟も、もとの木のまま奥山に立っていたならば、今ごろは紅葉しているだろうにと詠む歌である。詞書から、祓えをしに秋に唐崎へ出かけた折、舟が行くのを見て詠んだ歌とわかる。琵琶湖の渚を行く舟に、かつて山に立っていた木の姿を思い描き、紅葉の季節を迎えた感慨を詠んでいる。
ここから紅葉を詠む歌が続いている。
作者の恵慶法師は、播磨国の講師を務めた僧で、河原院に集う歌人たちと交わった。中古三十六歌仙に数えられる。
初句「奥山に」は、山の奥深くに、の意である。
二句「立てらましかば」は、もし立っていたならば、の意で、「ましか」は反実仮想の助動詞「まし」の未然形であり、結句の「まし」と呼応している。
三句「渚漕ぐ」は、渚を漕いでゆく、の意である。
四句「舟木も今は」は、舟の木も今ごろは、の意である。
結句「紅葉しなまし」は、紅葉していることだろうに、の意で、「な」は完了の助動詞、「まし」は反実仮想の助動詞である。
はらへ:祓へ。神に祈って罪や穢れを除く行事
からさき:唐崎。近江国の琵琶湖岸の地で、祓えの地として知られた
ふなき:舟木。舟を造る材木。また、舟
- 作者
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恵慶法師
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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刈りて干す山田の稲を干しわびて 守る仮庵に幾夜経ぬらん
- 次の歌
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久方の月をさやけみ紅葉葉の 濃さも薄さも分きつべらなり