いかなれば紅葉にもまだ飽かなくに
秋果てぬとは今日を言ふらん
- 歌の意味
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どういうわけで、紅葉にもまだ見飽きていないのに、秋が終わってしまったと、今日のことを言うのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十七 雑秋歌 1136
詞書「九月晦日の日、男女野に遊びて紅葉を見る」
紅葉にもまだ見飽きていないのに、どうして秋が終わったと今日のことを言うのだろうかと詠む歌である。詞書から、九月の末日に、男女が野に出て遊び、紅葉を見ている場面を詠んだ歌とわかる。暦の上では秋の終わりとなる日に、まだ美しい紅葉を前にして、去りゆく秋を惜しんでいる。
次歌の第千百三十七首は十月一日の歌で、秋の終わりの日と冬の初めの日の歌が並び、ともに去りゆく秋を惜しんでいる。
作者の「源したかふ」は源順である。嵯峨源氏の出で、梨壺の五人の一人として後撰和歌集の撰進と万葉集の訓読にあたり、辞書の和名類聚抄を編んだ。三十六歌仙に数えられる。
初句「いかなれば」は、どういうわけで、の意である。
二句「紅葉にもまだ」は、紅葉にもまだ、の意である。
三句「飽かなくに」は、見飽きていないのに、の意で、「なくに」は打消の語法に「に」がついて逆接を表す。
四句「秋果てぬとは」は、秋が終わってしまったとは、の意で、「ぬ」は完了の助動詞である。
結句「今日を言ふらん」は、今日のことを言うのだろうか、の意で、「らん」は原因を推量する助動詞である。
つごもり:晦日。月の最後の日
- 作者
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源順
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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祝子が斎ふ社の紅葉葉も 標をば越えて散るといふものを
- 次の歌
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秋もまだ遠くもあらぬにいかで猶 立ち帰れとも告げにやらまし