- 歌の意味
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住み始めたこの家の、末長く栄えていく行く末の心が見えることだ。澄み始めた水が、汀の松の姿を映しているので。
- 鑑賞
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巻第十八 雑賀 1175
詞書「右大臣家造り改めて渡り始めけるころ、文作り、歌など人々に詠ませ侍りけるに、水樹多佳趣といふ題を」
住み始めた家の末長い行く末が見えることだ、澄み始めた水が汀の松の姿を映しているのでと詠む歌である。詞書から、右大臣が邸を造り改めて移り住み始めた頃、人々に漢詩や和歌を作らせた際に、「水樹多佳趣」という題で詠んだ歌とわかる。「住み初む」と「澄み初む」を掛け、新しい邸の池の澄んだ水に長寿の松が映る景色に、家の末長い繁栄を見ている。
作者の「右衛門督公任」は藤原公任である。関白藤原頼忠の子で、権大納言に至った。和漢朗詠集を編み、百人一首の「滝の音は」の歌で知られる。
初句「すみそむる」は、「すみ」が家に「住み」と水が「澄み」を掛ける掛詞である。住み始めた、澄み始めた、の二つの意を重ねている。
二句「末の心の」は、行く末の様子が、の意で、家の将来の繁栄をいう。
三句「見ゆるかな」は、見えることだ、の意で、「かな」は詠嘆を表す。ここで句切れとなる三句切れの歌で、下の句はその理由を倒置して示している。
四句「汀の松の」は、水際の松の、の意で、題の「水樹」の「樹」にあたる。本巻の第千百六十四首の初句「松の根に」と同じく、松と水を取り合わせて家の栄えを祝っている。
結句「影を映せば」は、姿を映しているので、の意で、「ば」は已然形について原因を表す。澄んだ水が松を映すことを、初句の「澄み」と結びつけている。
すみそむ:家に「住み初む」意と、水が「澄み初む」意を掛ける
みぎは:汀。水際
かげ:影。水に映る姿
- 作者
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藤原公任
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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君が世に今幾度かかくしつつ うれしき事に逢はんとすらん
- 次の歌
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千歳ふる霜の鶴をばおきながら 久しき物は君にぞありける