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唐衣たつより落つる水ならで
我が袖濡らす物や何なる

歌の意味
唐衣を裁つというように、龍の口から落ちる灌仏の水でもないのに、私の袖を濡らすものはいったい何なのだろうか。
鑑賞
巻第十八 雑賀 1189

詞書「灌仏の童を見侍りて」
 灌仏会で注がれる水でもないのに、私の袖を濡らすものはいったい何なのだろうかと詠む歌である。詞書から、四月八日の灌仏会に奉仕する童を見て詠んだ歌とわかる。灌仏の水に事寄せながら、袖を濡らすのは童に心ひかれた恋の涙であることを、問いの形でほのめかしている。

 初句「唐衣」は、中国風の美しい衣、の意で、衣を「裁つ」ことから、二句の「たつ」を導く枕詞である。
 二句「たつより落つる」は、「たつ」が衣を「裁つ」と、灌仏の像に水を注ぐ「龍(たつ)」を掛ける掛詞とみられる。龍の口から落ちる、の意である。
 三句「水ならで」は、水ではなくて、の意で、「で」は打消の接続助詞である。灌仏の像に注ぐ香水をいう。
 四句「我が袖濡らす」は、私の袖を濡らす、の意で、恋の涙を暗示している。
 結句「物や何なる」は、ものはいったい何なのか、の意で、係助詞「や」は疑問を表し、連体形の「なる」で結んでいる。

くわんぶつ:灌仏。四月八日に釈迦の誕生を祝い、像に香水を注ぐ法会
たつ:衣を「裁つ」意と、水を吐く「龍(たつ)」を掛ける
からころも:唐衣。中国風の美しい衣
作者
よみ人しらず
出典
拾遺和歌集
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恋するに仏になると言はませば 我ぞ浄土の主ならまし
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