梓弓引きみ引かずみ来ずは来ず
来ば来そをなぞよそにこそ見め
- 歌の意味
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梓弓を引いたり引かなかったりするように、来ないなら来ない、来るなら来る、それなのにどうしてどちらともつかないのか。それならば、よそのものとして見ていよう。
- 鑑賞
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巻第十八 雑賀 1196
梓弓を引いたり引かなかったりするように、来ないなら来ない、来るなら来るがよい、どちらともつかないのならよそのものとして見ていようと詠む歌である。来るのか来ないのかはっきりしない相手のふるまいを、引いたり引かなかったりする弓にたとえ、「来」の語を繰り返す調子のよい言葉遊びで、じれったい思いを突き放すように詠んでいる。前歌の第千百九十五首の来ない人を待つ歌に続き、来るとも来ないともつかない相手を詠んでいる。
作者の「柿本人麿」は柿本人麻呂である。持統天皇、文武天皇の時代に仕えた宮廷歌人で、歌聖と称される。
万葉集の巻十一に類歌が見える。なお本文の詞書の欄には「不記」とあり、詞書は記されていない。
初句「梓弓」は、梓の木で作った弓の意で、弓を「引く」ことから、二句の「引き」を導く枕詞である。
二句「引きみ引かずみ」は、引いたり引かなかったり、の意で、「み」は動作が交互に行われることを表す接尾語である。相手の心の定まらなさを、引いたり引かなかったりする弓にたとえている。
三句「来ずは来ず」は、来ないなら来ないでよい、の意で、四句の「来ば来」と対をなしている。
四句「来ば来そをなぞ」は、来るなら来るがよい、それなのにどうして、の意で、「なぞ」は疑問を表す。三句とともに「来」の語を重ねて、調子よく言い放っている。
結句「よそにこそ見め」は、よそのものとして見ていよう、の意で、係助詞「こそ」を受けて意志の助動詞「む」の已然形「め」で結ぶ係り結びである。
あづさゆみ:梓弓。梓の木で作った弓。「引く」などにかかる枕詞
よそ:余所。自分とかかわりのない所、無関係なこと
- 作者
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柿本人麻呂
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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来ぬ人を下に待ちつつ久方の 月をあはれと言はぬ夜ぞなき
- 次の歌
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暮れば疾く行きて語らむ逢ふ時の とをちの里の住み憂かりしも