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暮れば疾く行きて語らむ逢ふ時の
とをちの里の住み憂かりしも

歌の意味
日が暮れたら、すぐに行って話そう。あなたに逢う時が遠のいていた十市の里が、住みづらかったことも。
鑑賞
巻第十八 雑賀 1197

詞書「春日使にまかりて、帰りてすなはち女のもとに遣はしける」
 日が暮れたらすぐに行って話そう、あなたに逢う時が遠かった十市の里が住みづらかったことも、と詠む歌である。詞書から、春日祭の勅使として奈良に下り、都に帰るとすぐに女のもとへ送った歌とわかる。旅の途中の大和の十市の里の名に「遠」を掛け、逢えない日々のつらさを語りたいと、再会を急ぐ心を伝えている。
 作者の「一条摂政」は藤原伊尹である。右大臣藤原師輔の長男で、摂政太政大臣に至った。後撰和歌集の撰集の際には和歌所の別当を務めた。
 なお本文の三句は「あふ時の」とあり、読み仮名の行の「あふことの」と一致しない。ここでは本文の表記に従う。

 初句「暮れば疾く」は、日が暮れたらすぐに、の意で、「ば」は未然形について仮定を表す。
 二句「行きて語らむ」は、行って話そう、の意で、「む」は意志の助動詞である。ここで句切れとなる二句切れの歌で、下の句は語る内容を倒置して示している。
 三句「逢ふ時の」は、あなたに逢う時が、の意で、四句の「とを」に続いて、逢う時が遠い意となる。
 四句「とをちの里の」は、「とをち」が大和国の地名「十市」と、逢う時が「遠」い意を掛ける掛詞である。
 結句「住み憂かりしも」は、住みづらかったことも、の意で、「し」は過去の助動詞「き」の連体形、「も」は強めを表す。

かすがのつかひ:春日使。春日祭に朝廷から遣わされる勅使
とをち:大和国の地名「十市」と、「遠」の意を掛ける
作者
藤原伊尹
出典
拾遺和歌集
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梓弓引きみ引かずみ来ずは来ず 来ば来そをなぞよそにこそ見め
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おろかにも思はましかば東路の 伏屋といひし野辺に寝なまし