三島江の玉江の葦を標めしより
おのがとぞ思ふいまだ刈らねど
- 歌の意味
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三島江の玉江の葦に、自分のものとする標を結んでからは、自分のものだと思っている。まだ刈り取ってはいないけれど。
- 鑑賞
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巻第十九 雑恋 1212
詞書「題しらず」
三島江の玉江の葦に標を結んでからは、まだ刈り取っていないけれど自分のものだと思っていると詠む歌である。葦を恋する女にたとえ、まだ契りを結んではいないが、心に決めた相手はもう自分のものだと思い定める心を詠んでいる。前歌の第千二百十一首が返事もくれない女を詠んだのに続き、まだ逢えない相手への思いを詠んでいる。
作者の「柿本人麿」は柿本人麻呂である。持統天皇、文武天皇の時代に仕えた宮廷歌人で、歌聖と称される。三十六歌仙に数えられる。
万葉集の巻七に、「葦」を「薦」とする類歌が見える。
初句「三島江の」は、摂津国の三島江の、の意で、淀川沿いの入り江をいう。
二句「玉江の葦を」は、三島江の玉江に生える葦を、の意で、恋する女をたとえている。
三句「標めしより」は、標を結んでからは、の意で、「し」は過去の助動詞「き」の連体形である。自分のものとして占めたことをいう。
四句「おのがとぞ思ふ」は、自分のものだと思う、の意で、係助詞「ぞ」を受けて連体形の「思ふ」で結ぶ係り結びである。ここで句切れとなる四句切れの歌で、結句はそれに逆接の条件を添えている。
結句「いまだ刈らねど」は、まだ刈り取っていないけれど、の意で、「ね」は打消の助動詞「ず」の已然形、「ど」は逆接の接続助詞である。まだ契りを結んでいないことをいう。
しむ:標む。標を結って自分のものと示す
たまえ:玉江。三島江の入り江
- 作者
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柿本人麻呂
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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稲荷山社の数を人問はば つれなき人をみつと答へむ
- 次の歌
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あだなりとあだにはいかが定むらん 人の心を人は知るやは