石見なる高間の山の木の間より
我が振る袖を妹見けんかも
- 歌の意味
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石見の高間の山の木の間から、私が振る袖を、妻は見ただろうか。
- 鑑賞
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巻第十九 雑恋 1239
詞書「石見に侍りける女のまうで来たりけるに」
石見の高間の山の木の間から私が振る袖を、妻は見ただろうかと詠む歌である。詞書から、石見国にいた女が上ってきた折の歌とわかる。別れの際に山の木の間から振った袖を、妻は見てくれただろうかと思いやり、離れて暮らす妻への思いを詠んでいる。
作者の「人まろ」は柿本人麻呂である。持統天皇、文武天皇の時代に仕えた宮廷歌人で、歌聖と称される。三十六歌仙に数えられる。
万葉集の巻二に、人麻呂が石見国から妻と別れて上ってくる時の歌として、初句と二句を「石見のや高角山の」とする類歌が見える。
初句「石見なる」は、石見国にある、の意で、「なる」は存在を表す。
二句「高間の山の」は、石見国の高間の山の、の意である。
三句「木の間より」は、木々の間から、の意である。
四句「我が振る袖を」は、私が振る袖を、の意で、袖を振るのは別れを惜しみ、思いを伝えるしぐさである。
結句「妹見けんかも」は、妻は見ただろうか、の意で、「けん」は過去推量の助動詞、「かも」は疑問と詠嘆を表す。
いも:妹。男が妻や恋人を親しんで呼ぶ語
- 作者
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柿本人麻呂
- 出典
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拾遺和歌集
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世の中はいさともいさや風の音は あきにあき添ふ心地こそすれ
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