古典和歌stream

我が背子を恋ふるも苦し暇あらば
拾ひて行かむ恋忘れ貝

歌の意味
愛しいあの人を恋い慕うのも苦しい。暇があるならば、拾っていこう、恋を忘れるという恋忘れ貝を。
鑑賞
巻第十九 雑恋 1245

詞書「物へまかりける道に、浜面に貝の侍りけるを見て」
 愛しい人を恋い慕うのも苦しい、暇があるならば恋忘れ貝を拾っていこうと詠む歌である。詞書から、旅の途中、浜辺に貝があるのを見て詠んだ歌とわかる。拾えば恋の苦しさを忘れられるという恋忘れ貝を目にして、旅の身では拾う暇もないが、せめて拾って恋の苦しさを忘れたいと、離れた人を思う切なさを詠んでいる。
 作者の大伴坂上郎女は、大伴安麻呂の娘で、大伴旅人の異母妹、家持の叔母にあたる。万葉集の代表的な女性歌人である。
 万葉集の巻六に、大宰府から都へ上る途中の歌として、初句と二句を「我が背子に恋ふれば苦し」とする類歌が見える。

 初句「我が背子を」は、愛しいあなたを、の意で、「背子」は女が夫や恋人を親しんで呼ぶ語である。
 二句「恋ふるも苦し」は、恋い慕うのも苦しい、の意で、ここで句切れとなる二句切れの歌である。
 三句「暇あらば」は、暇があるならば、の意で、「ば」は未然形について仮定を表す。旅の途中で暇のない身であることを含んでいる。
 四句「拾ひて行かむ」は、拾っていこう、の意で、「む」は意志の助動詞である。
 結句「恋忘れ貝」は、拾うと恋の苦しさを忘れるという貝、の意で、体言止めである。

せこ:背子。女が夫や恋人を親しんで呼ぶ語
こひわすれがひ:恋忘れ貝。拾うと恋の苦しさを忘れるという貝
はまづら:浜面。浜辺
作者
大伴坂上郎女
出典
拾遺和歌集
前の歌
春日山雲居隠れて遠けれど 家は思はず君をこそ思へ
次の歌
古里を恋ふる袂も乾かぬに またしほたるる海人もありけり