我といへば稲荷の神もつらきかな
人のためとは祈らざりしを
- 歌の意味
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私のこととなると、稲荷の神までもつれないことだ。ほかの人のためになるようにとは、祈らなかったのに。
- 鑑賞
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巻第十九 雑恋 1267
詞書「稲荷に詣でて懸想し始めて侍りける女の、異人に逢ひて侍りければ」
私のこととなると稲荷の神までもつれない、ほかの人のためにとは祈らなかったのにと詠む歌である。詞書から、稲荷に参詣した折に見初めて言い寄りはじめた女が、ほかの男と結ばれてしまったので詠んだ歌とわかる。恋の成就を稲荷の神に祈ったのに、その願いがほかの男のためにかなえられたかのような成り行きを、神を恨む形でおどけて嘆いている。本巻の第千二百十一首、次歌の第千二百六十八首とともに、稲荷詣でにかかわる恋の歌である。
作者の藤原長能は、藤原倫寧の子で、藤原道綱母の弟にあたる。花山院の歌壇で活躍し、中古三十六歌仙の一人である。
初句「我といへば」は、私のこととなると、の意である。
二句「稲荷の神も」は、稲荷の神までも、の意で、「も」は人ばかりか神までも、の意をこめている。本巻の第千二百十一首の初句「稲荷山」、次歌の第千二百六十八首の三句「稲荷山」と、稲荷の地を共有している。
三句「つらきかな」は、つれないことだ、の意で、「かな」は詠嘆を表す。ここで句切れとなる三句切れの歌である。
四句「人のためとは」は、ほかの人のためにとは、の意で、女と結ばれたほかの男をいう。
結句「祈らざりしを」は、祈らなかったのに、の意で、「ざり」は打消、「し」は過去の助動詞、「を」は逆接の接続助詞である。
けさうす:懸想す。異性に思いをかける、言い寄る
ことひと:異人。ほかの人
- 作者
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藤原長能
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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いづれをかしるしと思はむ三輪の山 ありとしあるは杉にぞありける
- 次の歌
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滝の水かへりてすまば稲荷山 七日登れるしるしと思はん