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滝の水かへりてすまば稲荷山
七日登れるしるしと思はん

歌の意味
滝の水が逆に流れて澄むならば、離れた人が帰ってきて住むならば、稲荷山に七日登ったご利益と思おう。
鑑賞
巻第十九 雑恋 1268

詞書「稲荷の祠に女の手にて書きつけて侍りける」
 滝の水が逆に流れて澄むならば、稲荷山に七日登ったご利益と思おうと詠む歌である。詞書から、稲荷の社の小さな祠に、女の筆跡で書きつけてあった歌とわかる。「返り」に「帰り」を、「澄ま」に「住ま」を掛け、離れていった人が帰ってきて再び共に住むならば、七日の稲荷詣でのご利益と思おうと、ありえないほどの願いをかけている。前歌の第千二百六十七首と同じく、稲荷の神に恋を祈る歌である。

 初句「滝の水」は、滝の水、の意で、ふつうは上から下へ流れるものをいう。
 二句「かへりてすまば」は、「かへり」が水が逆に「返り」と人が「帰り」を、「すま」が水が「澄ま」と人が「住ま」を掛ける掛詞である。「ば」は未然形について仮定を表す。本巻の第千二百五十三首、第千二百五十四首の四句と、「澄む」と「住む」の同じ掛詞を共有している。
 三句「稲荷山」は、山城国の稲荷山で、稲荷の神をまつる社がある。前歌の第千二百六十七首の二句「稲荷の神も」と、稲荷の地を共有している。
 四句「七日登れる」は、七日間登った、の意で、稲荷山に七日続けて参詣して祈ったことをいう。
 結句「しるしと思はん」は、ご利益と思おう、の意で、「ん」は意志の助動詞である。

かへる:水が「返る」意と、人が「帰る」意を掛ける
すむ:水が「澄む」意と、人が「住む」意を掛ける
ほくら:神庫。小さな社、祠
しるし:効験、ご利益
作者
よみ人しらず
出典
拾遺和歌集
前の歌
我といへば稲荷の神もつらきかな 人のためとは祈らざりしを
次の歌
思ひ出でて訪ふにはあらずあき果つる 色の限りを見するなりけり