思ひ出でて訪ふにはあらずあき果つる
色の限りを見するなりけり
- 歌の意味
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私を思い出して便りをくれたのではない。秋が終わる紅葉の最後の色、すっかり飽きはてた心の限りを見せているのだった。
- 鑑賞
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巻第十九 雑恋 1269
詞書「元良の親王、久しくまからざりける女のもとに、紅葉をおこせて侍りければ」
私を思い出して便りをくれたのではない、秋が終わる紅葉の最後の色を見せているのだったと詠む歌である。詞書から、元良親王が、久しく通わなかった女のもとに紅葉を送ってきたので、女が詠んだ歌とわかる。「秋」に「飽き」を掛け、秋の果ての色づききった紅葉に、自分にすっかり飽きてしまった親王の心の限りを読み取って、皮肉をこめて返している。元良親王は陽成天皇の皇子で、色好みとして知られ、百人一首の「わびぬれば」の歌の作者である。
初句「思ひ出でて」は、思い出して、の意である。
二句「訪ふにはあらず」は、便りをくれたのではない、の意で、ここで句切れとなる二句切れの歌である。
三句「あき果つる」は、「あき」が季節の「秋」と、心の「飽き」を掛ける掛詞である。秋が終わる、すっかり飽きてしまう、の二つの意を重ねている。
四句「色の限りを」は、色づきの極みを、の意で、紅葉の最後の色と、飽きはてた心の行き着いた果てを重ねている。
結句「見するなりけり」は、見せているのだった、の意で、「なり」は断定、「けり」は気づきの詠嘆を表す。
あき:季節の「秋」と、心の「飽き」を掛ける
はつ:果つ。終わる、尽きる
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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拾遺和歌集
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滝の水かへりてすまば稲荷山 七日登れるしるしと思はん
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ゆゆしとて忌むとも今はかひもあらじ 憂きをば風につけてやみなん