桜花のどけかりけり亡き人を
恋ふる涙ぞまづは落ちける
- 歌の意味
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桜の花はのどかに咲いていて、すぐには散らないことだ。亡き人を恋い慕う私の涙のほうが、花よりも先に落ちるのだった。
- 鑑賞
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巻第二十 哀傷 1274
詞書「娘にまかりおくれて又の年の春、桜の花盛りに、家の花を見ていささかに思ひを述ぶといふ題を詠み侍りける」
桜の花はのどかに咲いて散ろうとしないのに、亡き人を恋う涙のほうが先に落ちてしまうと詠む歌である。詞書から、娘に先立たれた翌年の春、桜の花盛りに家の花を見て思いを述べるという題で詠んだ歌とわかる。散る花を惜しむはずの春に、花よりも先にこぼれる涙を詠み、娘を失った親の悲しみの深さを伝えている。
第千二百七十四首から第千二百七十七首までは、娘に先立たれた翌年の春の桜を題とする一連で、娘を亡くした実頼の歌に、歌人たちが同じ題で詠んだ歌が続いている。哀傷の巻の巻頭を、亡き人を偲ぶ桜の歌で開いている。巻末の第千三百五十一首が、主君の名を決して忘れまいと誓う歌で結ばれるのと、亡き人を偲ぶ心で巻の始めと終わりが呼応している。
作者の「小野宮太政大臣」は藤原実頼である。関白藤原忠平の長男で、関白太政大臣に至った。小野宮流の祖である。
初句「桜花」は、桜の花、の意で、詞書の家の庭の花をいう。次歌の第千二百七十五首の三句、第千二百七十七首の初句と、「桜花」の語を共有している。
二句「のどけかりけり」は、のどかに咲いていることだ、の意で、「けり」は気づきの詠嘆を表す。花が散り急がないさまをいう。ここで句切れとなる二句切れの歌である。
三句「亡き人を」は、亡くなった人を、の意で、詞書の娘をいう。
四句「恋ふる涙ぞ」は、恋い慕う涙が、の意で、係助詞「ぞ」は結句の連体形「ける」で結ぶ係り結びである。
結句「まづは落ちける」は、真っ先に落ちるのだった、の意である。散らない花と、先に落ちる涙とを対比している。
まかりおくる:先立たれる
のぶ:述ぶ。思いを言葉に表す
- 作者
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藤原実頼
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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頼めつつ別れし人を待つほどに 年さへせめて恨めしきかな
- 次の歌
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面影に色のみ残る桜花 幾世の春を恋ひむとすらん