桜花匂ふものから露けきは
このめも物を思ふなるべし
- 歌の意味
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桜の花は美しく咲き匂っているのに露に濡れているのは、木の芽も、私のこの目と同じように、物思いをしているのだろう。
- 鑑賞
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巻第二十 哀傷 1277
詞書は前の歌に続き「娘にまかりおくれて又の年の春、桜の花盛りに、家の花を見ていささかに思ひを述ぶといふ題を詠み侍りける」
桜の花は美しく咲き匂っているのに露っぽいのは、木の芽も物思いをしているのだろうと詠む歌である。詞書は前歌の第千二百七十六首と同じ題による。「木の芽」に「この目」を掛け、露に濡れた花や芽を、亡き人を思って涙にくれる人の目に重ねている。花までもが人と悲しみを共にしているかのように詠んだ点に工夫がある。
第千二百七十四首から第千二百七十七首までは、娘に先立たれた翌年の春の桜を題とする一連で、娘を亡くした実頼の歌に、歌人たちが同じ題で詠んだ歌が続いている。哀傷の巻の巻頭を、亡き人を偲ぶ桜の歌で開いている。
作者の大中臣能宣は、伊勢神宮の祭主大中臣頼基の子で、梨壺の五人の一人として後撰和歌集の撰進にあたった。三十六歌仙に数えられ、百人一首の「みかきもり」の歌で知られる。
初句「桜花」は、桜の花、の意で、本巻の第千二百七十四首の初句、第千二百七十五首の三句と、同じ語を共有している。
二句「匂ふものから」は、美しく咲き映えているのに、の意で、「ものから」は逆接を表す。
三句「露けきは」は、露っぽく濡れているのは、の意で、前歌の第千二百七十六首の結句「露にぞありける」と、露に涙を重ねる点で通い合っている。
四句「このめも物を」は、「このめ」が「木の芽」と「この目」を掛ける掛詞である。
結句「思ふなるべし」は、物思いをしているのだろう、の意で、「なる」は断定の助動詞「なり」の連体形、「べし」は推量を表す。
このめ:「木の芽」と、自分の「この目」を掛ける
にほふ:匂ふ。色美しく照り映える
- 作者
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大中臣能宣
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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花の色も宿も昔のそれながら 変はれるものは露にぞありける
- 次の歌
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君まさばまづぞ折らまし桜花 風のたよりに聞くぞ悲しき