いにしへは散るをや人の惜しみけん
花こそ今は昔恋ふらし
- 歌の意味
-
昔は、花が散るのを人が惜しんだのだろうか。今は花のほうが、亡き主のいた昔を恋い慕っているらしい。
- 鑑賞
-
巻第二十 哀傷 1279
詞書「中納言敦忠まかり隠れてのち、比叡の西坂本に侍りける山里に、人々まかりて花見侍りけるに」
昔は花が散るのを人が惜しんだのだろうが、今は花のほうが昔を恋い慕っているらしいと詠む歌である。詞書から、藤原敦忠が亡くなった後、比叡山の西坂本にあった敦忠の山里の家に人々が出かけて花見をした折の歌とわかる。主を失った山荘の花が、散るのを惜しまれた昔を恋しがっているように見えると、人と花の立場を入れ替えて、亡き人を偲んでいる。敦忠は天慶6年(943)に没している。
作者の「一条摂政」は藤原伊尹である。藤原師輔の長男で、摂政太政大臣に至った。後撰和歌集の撰集の際には和歌所の別当を務め、百人一首の「あはれとも」の歌で知られる。
なお本文の作者表記の「一条摂改」は「一条摂政」の誤りとみて改めた。
初句「いにしへは」は、昔は、の意で、敦忠が生きていた頃をいう。
二句「散るをや人の」は、花が散るのを人が、の意で、係助詞「や」は疑問を表し、三句の連体形「けん」で結ぶ係り結びである。
三句「惜しみけん」は、惜しんだのだろうか、の意で、「けん」は過去推量の助動詞である。ここで句切れとなる三句切れの歌である。
四句「花こそ今は」は、花のほうが今は、の意で、初句の「いにしへ」と「今」、二句の「人」と「花」とを対比している。
結句「昔恋ふらし」は、昔を恋い慕っているらしい、の意で、「らし」は根拠のある推定を表す。
まかりかくる:亡くなる
にしさかもと:西坂本。比叡山の京都側のふもと
- 作者
-
藤原伊尹
- 出典
-
拾遺和歌集
- 前の歌
-
君まさばまづぞ折らまし桜花 風のたよりに聞くぞ悲しき
- 次の歌
-
五月来てながめまさればあやめ草 思ひ絶えにしねこそなかるれ