朝顔を何はかなしと思ひけん
人をも花はさこそ見るらめ
- 歌の意味
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朝顔を、どうしてはかないと思ったのだろう。人のことも、花のほうではそのように、はかないものと見ているだろうに。
- 鑑賞
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巻第二十 哀傷 1283
詞書「朝顔の花を人のもとに遣はすとて」
朝顔をどうしてはかないと思ったのだろう、花のほうでも人をはかないと見ているだろうに、と詠む歌である。詞書から、朝顔の花を人のもとに贈る時に詠んだ歌とわかる。朝に咲いて昼にはしぼむ朝顔を、人ははかないものの代表とするが、人の命もまた同じようにはかないと、見る者と見られる者の立場を逆にして、無常の思いを詠んでいる。作者が若くして世を去ったこともあって、名高い歌である。
作者の藤原道信は、藤原為光の子で、藤原兼家の養子となった。和歌に優れたが、正暦5年(994)に二十三歳で没した。中古三十六歌仙の一人で、百人一首の「明けぬれば」の歌で知られる。
初句「朝顔を」は、朝に咲いて昼にはしぼむ朝顔の花を、の意である。
二句「何はかなしと」は、どうしてはかないと、の意である。
三句「思ひけん」は、思ったのだろうか、の意で、「けん」は過去の原因を推量する助動詞である。ここで句切れとなる三句切れの歌である。
四句「人をも花は」は、人のことも花は、の意で、初句の「朝顔を」と、見る者と見られる者を入れ替えている。
結句「さこそ見るらめ」は、そのように見ているだろう、の意で、係助詞「こそ」を受けて現在推量の助動詞「らむ」の已然形「らめ」で結ぶ係り結びである。
あさがほ:朝顔。朝に咲いて昼にはしぼむ花
- 作者
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藤原道信
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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ここにだにつれづれになく郭公 ましてこごひの森はいかにぞ
- 次の歌
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時ならでははその紅葉散りにけり いかにこのもとさびしかるらん