時ならでははその紅葉散りにけり
いかにこのもとさびしかるらん
- 歌の意味
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季節でもないのに、柞の紅葉が散ってしまった。木の下は、母君を亡くしたあなたのもとは、どれほど寂しいことだろう。
- 鑑賞
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巻第二十 哀傷 1284
詞書「夏、柞の紅葉の散り残りたりけるにつけて、女五の皇女のもとに」
季節でもないのに柞の紅葉が散ってしまった、木の下はどれほど寂しいことだろうと詠む歌である。詞書から、夏に散り残っていた柞の紅葉に添えて、女五の皇女のもとに送った歌とわかる。「柞」に「母」を響かせ、「木の下」に「子の許」を掛けて、時ならず散った紅葉に、季節を待たずに亡くなった母をたとえ、母を亡くした皇女の寂しさを思いやったものとみられる。
作者の「天暦御製」は村上天皇である。醍醐天皇の皇子で、その治世は天暦の治と称され、後撰和歌集の撰集を命じた。
初句「時ならで」は、その時節でもないのに、の意で、夏であるのに紅葉が散ったことをいう。
二句「ははその紅葉」は、柞の紅葉、の意で、「ははそ」に「母」の音を響かせている。
三句「散りにけり」は、散ってしまった、の意で、ここで句切れとなる三句切れの歌である。
四句「いかにこのもと」は、「このもと」が「木の下」と、「子の許」を掛ける掛詞である。本巻の第千三百十一首の結句「このもともなし」と、同じ掛詞を共有している。
結句「さびしかるらん」は、寂しいことだろう、の意で、「らん」は現在推量の助動詞である。
このもと:「木の下」と、「子の許」を掛ける
ははそ:柞。ナラやクヌギなどの木。「母」を響かせる
- 作者
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村上天皇
- 出典
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朝顔を何はかなしと思ひけん 人をも花はさこそ見るらめ
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思ひきや秋の夜風の寒けきに 妹なき床にひとり寝むとは