この世にはすむべきほどやつきぬらん
世の常ならず物の悲しき
- 歌の意味
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この世に住むことのできる時も、もう尽きてしまったのだろうか。澄んだ月を見ていると、いつになく、もの悲しいことだ。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌中 1094
詞書「女のもとにまかりて月明く侍りけるに、空の気色も物心細く侍りければ、詠み侍りける」
女のもとに出かけた夜、月が明るく、空のありさまも何となく心細く感じられたので詠んだ歌である。この世に住むべき時も尽きてしまったのだろうか、いつになくもの悲しい、と詠む。恋人のもとで明るい月を見ながら、理由もなく心細さに襲われ、自分の命の終わりが近いのではないかと感じている。作者は若くして世を去っており、その運命を予感したかのような歌として印象深い。
作者の「藤原道信朝臣」は太政大臣藤原為光の子である。藤原兼家の養子となり、和歌に優れたが、二十三歳の若さで世を去った。
前歌の第千九十三首と同じく、命の終わりを予感する歌が続いている。
初句「この世には」は、この世には、の意である。
二句「すむべきほどや」の「すむ」は「住む」と月が「澄む」を掛ける掛詞である。「や」は疑問の係助詞で、三句の「らん」で結ぶ。
三句「つきぬらん」の「つき」は「尽き」と「月」を掛ける掛詞で、住むべき時が尽きてしまったのだろうか、の意に、澄んだ月を響かせている。ここで句切れとなる。
四句「世の常ならず」は、普通でなく、いつになく、の意である。
結句「物の悲しき」は、もの悲しい、の意で、連体形で結んで余情を残している。
すむ:「住む」と、月が「澄む」を掛ける
つく:「尽き」と「月」を掛ける
まかる:「行く」の謙譲語
- 作者
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藤原道信
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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秋果つる枯野の虫の声絶えば ありやなしやを人の問へかし
- 次の歌
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命あらばいかさまにせん世を知らぬ 虫だに秋は鳴きにこそ鳴け