古典和歌stream

秋果つる枯野の虫の声絶えば
ありやなしやを人の問へかし

歌の意味
秋の終わる枯れ野の虫の声が絶えたならば、私が生きているかいないかを、せめて人が尋ねてくれればよいのに。
鑑賞
巻第十七 雑歌中 1093

詞書「長月のつごもり方、わづらふことありて、頼もしげなく覚えければ、久しく訪はぬ人に遣はしける」
 九月の末ごろ、病にかかって助かりそうにないと思われたので、長く訪れのない人に贈った歌である。秋の果てる枯れ野の虫の声が絶えたならば、生きているかいないかを人が尋ねてくれればよいのに、と詠む。秋の終わりに枯れ野の虫の声が弱って絶えていくように、病の自分も命が尽きようとしている。せめてその前に安否を尋ねてほしいと、訪れのない人への恨みと心細さを、晩秋の景に重ねて訴えている。
 作者の「藤原基俊」は右大臣藤原俊家の子である。藤原道長の曾孫にあたり、源俊頼と並ぶ歌壇の重鎮で、藤原俊成の師となった。
 四句の「ありやなしや」は、『伊勢物語』や『古今和歌集』に見える在原業平の「名にし負はばいざ言問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと」を踏まえた言葉である。本巻の第千九十五首と「虫」を共有する。

 初句「秋果つる」は、秋が終わる、の意で、詞書の九月の末を指す。
 二句「枯野の虫の」は、草の枯れた野の虫の、の意で、病の身をたとえている。本巻の第千九十五首の四句「虫だに秋は」と秋の虫を共有する。
 三句「声絶えば」は、声が絶えたならば、の意で、未然形に「ば」が付いて仮定を表す。命の尽きることをたとえている。
 四句「ありやなしやを」は、生きているかいないかを、の意で、在原業平の都鳥の歌を踏まえている。
 結句「人の問へかし」の「かし」は念を押す終助詞で、命令形に付き、尋ねてほしい、の意である。

つごもり:月の末日、月末
わづらふ:病気になる
ながつき:陰暦九月
作者
藤原基俊
出典
千載和歌集
前の歌
山里の柴をりをりに立つ煙 人まれなりと空に知るかな
次の歌
この世にはすむべきほどやつきぬらん 世の常ならず物の悲しき