春は花秋は紅葉と散り果てて
立ち隠るべきこのもともなし
- 歌の意味
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春は花、秋は紅葉と、すっかり散ってしまって、立ち寄って身を隠すべき木の下もない。頼りとする子どもたちも、もういない。
- 鑑賞
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巻第二十 哀傷 1311
詞書「子二人侍りける人の、一人は春まかり隠れ、今一人は秋亡くなりにけるを、人の弔らひて侍りければ」
春は花、秋は紅葉とすっかり散ってしまい、身を寄せる木の下もないと詠む歌である。詞書から、二人の子のうち一人を春に、もう一人を秋に亡くした人が、弔問を受けて答えた歌とわかる。春の花と秋の紅葉に、春と秋に相次いで亡くなった二人の子をたとえ、「木の下」に「子の許」を掛けて、頼りとする子をすべて失った嘆きを詠んでいる。前歌の第千三百十首と、子を失い、よすがを失った嘆きを共有している。
初句「春は花」は、春は花として、の意で、春に亡くなった子をたとえている。
二句「秋は紅葉と」は、秋は紅葉として、の意で、秋に亡くなった子をたとえている。初句と対句をなしている。
三句「散り果てて」は、すっかり散ってしまって、の意で、二人の子がともに亡くなったことをいう。
四句「立ち隠るべき」は、立ち寄って身を隠すべき、の意で、雨風を避けて頼る場所をいう。
結句「このもともなし」は、「このもと」が「木の下」と、「子の許」を掛ける掛詞である。本巻の第千二百八十四首の四句「いかにこのもと」と、同じ掛詞を共有している。
このもと:「木の下」と、「子の許」を掛ける
ちりはつ:散り果つ。すっかり散ってしまう
とぶらふ:弔ふ。死を悼んで見舞う
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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いかにせんしのぶの草も摘みわびぬ かたみと見えしこだになければ
- 次の歌
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忘られてしばしまどろむほどもがな いつかは君を夢ならで見ん