忘られてしばしまどろむほどもがな
いつかは君を夢ならで見ん
- 歌の意味
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悲しみを忘れて、しばらくでもまどろむ時があればよいのに。いつになったら、あなたを夢ではなく見ることができようか。もう夢でしか会えないのだから。
- 鑑賞
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巻第二十 哀傷 1312
詞書「娘に後れ侍りて」
悲しみを忘れてしばらくでもまどろむ時がほしい、あなたを夢でなく見ることなどもうできないのだから、と詠む歌である。詞書から、娘に先立たれて詠んだ歌とわかる。悲しみのために眠ることもできないが、せめてまどろめば夢で娘に会えるだろうと、夢の中でしか会えなくなった娘への思いを伝えている。
作者の中務は、宇多天皇の皇子敦慶親王と伊勢との間に生まれた娘である。三十六歌仙に数えられる。
初句「忘られて」は、悲しみが自然と忘れられて、の意で、「れ」は自発の助動詞「る」の連用形である。
二句「しばしまどろむ」は、しばらくうとうとと眠る、の意である。
三句「ほどもがな」は、時があればよいのに、の意で、「もがな」は願望を表す終助詞である。ここで句切れとなる三句切れの歌である。
四句「いつかは君を」は、いつになったらあなたを、の意で、「かは」は反語を表す。
結句「夢ならで見ん」は、夢でなくて見ようか、の意で、もはや夢の中でしか会えないことをいう。本巻の第千三百二首の三句「夢に見て」と、亡き人に夢で会う趣を共有している。
まどろむ:微睡む。うとうとと眠る
- 作者
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中務
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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春は花秋は紅葉と散り果てて 立ち隠るべきこのもともなし
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憂きながら消えせぬものは身なりけり うらやましきは水の泡かな